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奥のまさ道/平泉中尊寺の旅

2014年09月01日 スタッフブログ, コラム, 奧のまさ道, 弁護士 山本政道

中尊寺

2011年6月
中尊寺・毛越寺など平泉の奥州藤原氏の遺跡群がユネスコの世界文化遺産に指定された。

平泉駅は東北本線の小さな駅であり、新幹線の停まる一関駅から二つ目の駅のため、
一関駅から直接バスやタクシーで平泉地区に向かうのが便利である。 

見学のはじめは、平泉駅に近く、遺跡群の中では南に位置する毛越寺から始めると良い。

ここは奥州藤原氏初代清衡が創建した寺だが、現在の山門本堂を含めて藤原時代の建物は全くなく、
礎石が残るのみである。境内の大泉池は、平安時代の池泉式庭園の跡であり、遣水遺構が発掘された。

かつての毛越寺の壮大な伽藍の復元図は南大門跡に掲げられているが、
復元模型は近くの平泉文化史館で見ることができ、遥か昔に想像を膨らませる場所である。
なお、毛越寺の東に観自在王院跡があるが、芝生と礎石と池のみである。

東北本線の線路を挟んで、毛越寺南側には藤原氏の居館=柳之御所跡がある。
ここからかつての繁栄を偲ばせる大量の遺品が出土した。
そのすぐ北には義経堂がある。ここは兄の源頼朝の追跡を北陸周りで逃れた義経の記念堂である。
藤原氏四代の泰衡が、鎌倉の軍勢に降伏する際の手土産にしようと、
この場所で義経を襲い、義経が自害した場所だとされる。

義経堂からもう一度線路を渡り北に進み、中尊寺入口から長い月見坂の杉並木を上ると、
中尊寺本堂・讃衡蔵・金色堂等が集中する世界遺産の中心地に至る。


「さみだれの 降り残してや 光堂」

これはかつてここを訪れた松尾芭蕉が詠んだ句であるが、
芭蕉の頃であっても金色堂は覆堂に覆われており、さみだれが直接に金色堂に当たる事はなかった。

現在の金色堂の覆堂は鉄筋コンクリート製で昭和40年に完成し、
旧覆堂は別な場所に移され保存されている。

金色堂の中の仏像群も見事であるが、柱、壁、天井、
須弥壇に施された螺鈿彫刻、透彫、金物飾りの見事さは一見の価値がありますよ。

(弁護士 山本政道

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